ライフ

優しさについての理解

青山学院大学

2016/04/06

僕は小さいことから優しいということを考えてきました。友達や家族、恋人から「優しいね」と言われます。でもずっと否定してきました。いまでも僕は自分のことを優しい人だとは思いません。謙虚なわけではありません。そしてなによりも事実、僕が自分のことを把握している限り、僕はやはり優しい人間ではないからこそ、そうみんなに公言しています。優しいとは実に曖昧な言葉です。


相手への気遣いも「優しさ」

敬いも「優しさ」

励ましも「優しさ」


優しさにはたくさんのジャンルがあります。


どんな人間にも必ず優しい面は存在すると僕は考えています。

ですが僕が考える「優しい人」というのは優しい面しかない人です。


人に分け隔てなく優しさを提供することができる人、自分の気分次第で優しいのではありません。

人の好き嫌いがない。だから一部分が優しい人は僕が考える「優しい人」ではありません。


僕が思うに「優しい人」というのは地球上でごくわずかだと、それこそ「マザーテレサ」や「ナイチンゲール」そういった人だと思っています。僕も今まであってきた人間で「優しい人」だと感じた人は1人しかいません、その人は優しい一面しかありません。だからこそ、僕なんかが優しい人の仲間にはいることができないし、僕には悪い一面があります。


ひとによって優しさっていう定義は違うと思いますが、みなさんの優しいの定義ってなんですかね?

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すべてのコメント
  • B1 東京大学

    2016/04/06

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    似てますが、ひとと接するときに損得勘定をしないひとを優しいひとだと思います

  • B2 匿名

    2016/04/06

    0

    優しさは人を思いやれることだと思います。

    ただ、本当に思いやりの心がなくても優しいと人から思われる言動をすることはできるので、どういう人間性の人なのかをそれとなく観察していきます。


    いわゆるお人好しのような、他人のために自分をも犠牲にしてしまうような人は優しいと言われることが多い気がします。

  • B3 青山学院大学

    2016/04/06

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    >>B1 そうですよね、でも大部分の人は多かれ少なかれ損得を考えるものですよね。

  • B4 青山学院大学

    2016/04/06

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    >>B2 他人のために自分を犠牲にする一面は少なからずみんなにあると思うんですよ。

    でも、それを大抵の人はある程度まで行った場合に見返りを求めるじゃないですか?


    見返りを求めるのは本当の優しさとは違うと思うんです。

  • B5 早稲田大学

    2016/04/07

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    善と偽善の違いに似てますね

  • B6 青山学院大学

    2016/04/07

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    >>B5 確かにそれに近いかもしれないですね

  • B7 早稲田大学

    2016/04/07

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    >>B6

    よくネットでも議論してるのを見かけるのですが、結局各々の立場によって変わるのかなと思います。(相対的なものなのかと。)

    同じ行為を第三者の視点で見たとしても、人によって優しいと捉えることも真逆に捉えることもあります。それが当事者の立場ならもっと変わると思います。

    難しいです…

  • B8 青山学院大学

    2016/04/09

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    >>B7 僕が考えてることはそこまで難しくないです、


    優しさという行為に利害関係が発生した時点でそれは優しさではないと思います。というだけです。

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